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PLUTO

プルートウ 003  浦沢直樹×手塚治虫

「あなた方も、あの戦争で手に入れたものがあるでしょ? 憎しみっていうやつですか」

あぁもう。またも続きがものすごく気になる終わり方ですね!(笑)
とにかく感想行ってみましょう。
ウランちゃん可愛い~(いきなりそれか) 原作のウランちゃんはもう少しおしとやかなお兄ちゃん好きな子って印象なんですが、このウランちゃんは明るいおてんば娘って感じですね。でも心優しい良い子。
アドルフさんの兄の敵討ちがゲジヒト刑事を狙うことになるとは。ゲジヒトが人を殺したとはあまり思えませんが、彼の過去になにがあったのか、気になる展開です。
最強ロボット仲間(?)のエプシロンも登場。平和主義で孤児を育てている。どれだけ批難されようとも、その姿勢を貫く『ロボット』。彼もまた興味を引かれる存在ですね。
そして、プルートゥの正体はなんなのか。

あぁもう普通に話が面白いから逆に感想が出てきません。
とにもかくにも、本当に続きが気になる!話です。
手塚版の原作をどこまでモチーフにしていてどこからオリジナルなんだろう。改めてちゃんと原作を読み返してみたくなりました。
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雨柳堂夢咄

ソノラマコミック文庫 其ノ五、其ノ六  波津彬子

「他の人が感じようとしていないだけかもしれないですね」

文庫新刊おめでとうございます。そしてありがとうございます。
あぁ読めて嬉しい…!(お前もういっそのことちゃんと自分で集めたらどうよ)
本当に、とてもとても大好きな作品です。
今回もどの話も好き。一話ずつ感想言ってけます。でもそれじゃ大層うざいでしょうからやめますけど(笑)
釉月と青二郎の関係がちゃんと分かって、でもまだ釉月にはその関係を明かさないでいる青二郎にやきもきしました。釉月には幸せになってもらいたいからちゃんと迎えに行ってもらいたい。
今回は釉月の出番が多くなってて嬉しかった。しかもだんだん女の子っぽく(?)なっていて、ちゃんと着物を着るようになってたりして。でも釉月の魅力はただ可愛い良い子なだけでなく、芯の強さにあるのだなと改めて思った。『春待ち月』とか『更紗夢紋様』とか。
それから脇役たちも本当に魅力的ですよね。『午後の清香』はグラント先生。先生ももののけ見れましたね!(笑)『月夜の恋人』は京助さん。京助さんはきっともののけに好かれる体質なんですね(苦笑)
そういえば、この話で白玉がすごいこと言ってましたね。「其方こそそんなに人間と違っていながら それでも自分を人間といいまするか」ってえぇー!?蓮ー!?(笑)彼の正体(?)は気になるところですが、蓮は謎めいているからこそだとも思います。
その他には『背守りの犬』『むさし野』『通り悪魔』『鬼の灯』なんかが特に好きでした。どれも最後はどこか安心する終わり方で。
この作品の話は男女間のお話がやはり多い印象なのですが、しかもそれも芸姑だとか花魁だとか愛人だとか、そういった割と複雑な関係の話も多く出ているような気がするのですが、それでもまったくどろどろしていないというか、どこか清潔感があるというか、高潔な愛を感じるというか…そういうところもとても好きです(謎)
それにしても改めてじっくり読むと本当に細部までしっかり書き込んであるのですね。すごく画面が綺麗。

本当に大好きなシリーズ。もっとどんどん文庫化すればいいのに!(笑)この作品を読むと、「モノ」に対する見方が変わると思います。そして世間に対しても、かも。「人との繋がり」の大切さを改めて教えられる気がします。

蟲師

1~7 巻  漆原友紀

「あれらは…幻じゃないん…だよね」

昨年深夜アニメ化もされ、様々なところで評判を聞くシリーズです。
前から気になってはいたのですが、なかなか手が出ないでいたところ、友人が貸してくれました。ありがとう!
そういったわけで読んでみて、本当に良い作品なんだと改めて思わされました。
この不思議な空気感。どこまでも静かで淡々としていて、昔話を聞いているような懐かしさを感じさせる。なんとなくぴんと張り詰めた雰囲気でもあるのにどこか優しくて物悲しくて切なくなる。それは主人公であるギンコの存在も大きいのだと思いますが。つかみどころがなく飄々としているのに、命に対してはどこまでも純粋に真摯に接している。かっこいい。
お話も一つ一つが本当に魅力的。話の終わりに必ず絶望と希望が同居している。ただ救いを示すだけでも、ただ生死を示すだけでもなく、どちらもバランスよく配されていて、見事だとしか。

私はもともとこういったどこか不思議で、人間と「ひとではないもの」が互いに少しだけ関わり合って展開される世界の話がとても好きで。私には見えないけれど「ひとではないもの」がきっとこの世に存在するであろうそれらを身近に感じさせてくれる作品は、一見御伽噺のような話でも私にとってとてもリアルに感じられるのです。
「ひとではないもの」とは例えば、神であったり天使や悪魔であったり龍であったり、といった想像上の存在(神様は想像上といったら怒られるかもしれませんが)。日本は特にそれらの存在を深く信じる国柄だと思います。八百万も神様がいるとか、幽霊が出るだとか、モノが動いたりしゃべったりするだとかいう話はいろいろありますし。その中でも私が特に親しみを覚える「ひとではないもの」が妖怪です。この作品で出てくる『蟲』は、作者さんがあとがきにもかかれているようにそれら妖怪にまつわる話をアレンジして作られたものも多くあるようですね。妖怪の名前とかもちょっと変えて出てくるし。けれど妖怪と蟲の違いははっきりしていると思う。
『妖怪』はどちらかといえばはっきりした存在。意思も持っているものがほとんどで、人語も解し、姿かたちや生活習慣が人間と異なっている、というもの。『蟲』は形もなにも曖昧な存在。意思というよりは本能にちかいものしか持っておらず、言葉を話すものは少なく、姿かたちも奇妙なものばかり。
こう考えると、『蟲』は人間とは全く違った生態系、例えば動物や植物のような存在のように思えるけれど、そうではない。『蟲』という存在は、「生命のそのものに近いもの達」だと、第一話でギンコは説明している。そこが面白いとこだなあと思うのです。うーん、上手く説明できてなくて悔しいけど。

どの話も好きだけど、やはり『眇の魚』ははずせません。ぬいが「我々と同じように存在しているとも」と蟲のことを説明している。「在り方は違うが 断絶された存在ではない」「我々の"命"の 別の形だ」と言っている。生命の多様性(私たちが認識している以上に生命は溢れている)ということを象徴するせりふだと思います。
そしてヨキがギンコに「なった」話であること。この、トコヤミを抜ける方法が「名前」を思い出すということであるのが面白いなと思います。「名前」をつけることによって「存在」が確立される。名前は蟲の世界では必要がないものであるけれど、人間の世界に戻るためにはとても大事なものであるということ。これは当たり前なことなようでとても重要なことであると思う。
『天辺の糸』も好き。星が「見えなくても ずっと空にいるんだ」という吹。どこにもいかない、というのは安心できることであるけれど、変わってしまったものを受け入れるということは難しい。
『露を吸う群』も考えさせられる。「足が竦む」ほどの膨大な時間。それをただの「昨日までの続き」と考えるか「新しく生まれ変わった」ものと考えるかで、気の持ちようが180°変わってくる。またそれは今私たちを当然のように待っているものだと思い込んでいるけれど、いつ途絶えるかも分からないものでもある。時間というものは大事なもので、難しいもの。
『重い実』。この話も本当にとても好き。サネがかわいい(笑) この作品全体的に思うのは、希望と絶望が共存している作品だということ。それぞれの登場人物が選んだ選択が正しかったのかどうかは誰にも分からないこと。ただ、その選択をしたことで、登場人物達が納得できているか否か、ということが重要なのだ。この話はそのことを特に象徴している話のように思います。生きていくという希望、生き続け死ぬことはできないという絶望。けれど、そのことに祭主は納得している。
『筆の海』。アニメの最終話に使われた話。私もこの話が一番好きかもしれません。「生きてるんだよ」という淡幽が本当に綺麗。誰もが背負う生きるための業。

他にも『草を踏む音』(イサザかっこいい)とか『山抱く衣』(応援したくなる)とか『暁の蛇』(切ない)とか『棘の道』(自らを犠牲にしてまでやらねばならないことがあるということは果たして幸せなのか不幸なのか)とか、好きな話はたくさんあります。ていうか全話好き。

人はただ生き続けることが正しいのではないだろう。
だからこそ生き方に意味を求める。そのためにただ懸命に生きる。
蟲もただ懸命に生きているだけ。悪気もなにもないのだ。

本当に好きなシリーズです。これからも続きが楽しみ。

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蒼井紅音

  • Author:蒼井紅音
  • 観劇感想がメイン
    小劇場界隈では細々と本名で役者やってます。
    Twitter:@nns_perla630
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